ALSが進行すると、徐々にできなくなることが多くなってきます。
当たり前にできていたこと、例えば、歩くことがままならなくなり、家の中で這っていたり、掃除や洗濯といった家事ができなくなったり・・・。
手先が利かなくなって、袋を開ける、字を書くなどのちょっとした動作に困ったり・・・。
そんな中、なんとか続けていた仕事を身体的な理由で、退職した頃のことです。
大好きだった仕事ができなくなった喪失感や、社会からの疎外感、仕事を失うことで、自分が急に「役に立たなくなったのでは?」と感じていました。
仕事を辞め、外に出る回数が少なくなっていった時、いつも私のそばにいてくれたのが、小学生の娘でした。
娘は、私が呼ぶと、いつも明るく
「はーい」
「かあちゃん、どうした?」
と、来てくれます。
そんな娘に、「あれ取って」「これ手伝って」と、なにかと頼むことが多くなっていました。私が頼むことは、いやな顔ひとつせず毎回手伝ってくれます。
私は、自分を助けてくれる娘に対してありがたいと思う反面、どんどん動けなくなっていく自分が情けなくて、つらくて、そのうち、娘が私の面倒を見ることは、娘の自由を私が奪っていくことではないかと、考えてしまうようになりました。
その思いが募って、ある日、娘にこう言ってしまったことがありました。
「かあちゃん、どんどん動けなくなって、〇〇ちゃんにお願いしてばっかりいるから、〇〇ちゃんのかあちゃん、辞めようか。」
「新しい元気なかあちゃんだったら、いっぱい遊びにも連れて行ってもらえるよ。」
すると、それを聞いた娘の顔色が変わり、大声で、
「〇〇は、かあちゃんに言われたことをめんどくさいって思ったことなんかない!」
「もう絶対そんなこと言うなー!!」
「どんな姿になっても、かあちゃんはかあちゃんだけん!」
そう言うと、娘は、声をあげて泣き出しました。
小学生の娘は、しっかりと私の今の状況を受け入れてくれていたのです。
それにひきかえ私は、今の自分の不遇を憂うだけで、自分自身の今と向き合えず、娘の、私に対する無償の愛にも気づかず、感情のまま放った言葉で、大切な娘を傷つけてしまいました。
側で嗚咽する娘を抱きしめて、ただただ「ごめんね」というしかありませんでした。
「どんな姿になっても、かあちゃんはかあちゃんだけん」
この言葉は、娘からの最幸のペップトークになりました。
人は決して1人では生きていけません。
家庭、学校、職場、地域など、様々なコミュニティの中に属して生きています。
そこで、自分の存在が受け入れられてこそ、自分らしく生きていけます。
障碍者として生きていくことになり、見た目が変わり、当たり前にできたことができなくなると、今まで受け入れられていた自分の存在が揺らいでいきます。
それは、社会の中で障碍があることで不便になったり(例えば、階段や段差があるため、杖や車椅子では入れない建物があるなど)、中には、生産性で人の価値を決める人に出会ったり…と、自分が出来なくなったことにたびたび直面し、自信を失うことがよくあるからです。
そんな時、
「どんな姿になっても、あなたは今のままのあなたでいい」
と、存在を受け入れられ認められることが、なによりの救いであり、この言葉があるからこそ、
「自分はここにいてもいいんだ」
「自分は生きていてもいいんだ」
と思えるのです。
それは、健常な子どもも大人も同じだと思います。
あれから私は、娘に一日一回、寝る前にこう必ず語りかけています。
「〇〇ちゃん、今日も一日ありがとう」
「今日もかあちゃんと一緒にいてくれてありがとう」
「かあちゃんのところに生まれてきてくれてありがとう」
つづく。